ココロシホン

ココロの健康は資本です。プチ心理学ライターの独り言です。

本の「読みすぎ」もほどほどに。現実逃避している自分に気がついています。

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最近、本を読むペースが「極端」に上がっています。ほぼ中毒(依存)状態と言えないこともありません。一か月で50冊を優に越えますが、中には専門書もあり、読み進むのが大変な本もありますので、夜の時間はほぼタブレットと首ったけで読書。また、空いている時間(スキマ時間)も気が付くと本を読んでいることが多いです。あまりよくないことですが、夕食後とか、奥さんといる時間でも本を読むことが多く、これは夫婦関係にとって、あまりよくないかもしれませんね。

そんな中、論理療法(REBT)の本を読んでいた時に、なかなか鋭い指摘があり、これは言い訳ができないと思いました。まさに、今の私の様です。

問題を隠すために何かに「のめり込む」

「興味に熱狂的にのめり込むのは、生活に問題があるからとも考えられる。これと決めたことにまっしぐらに突き進むことで、ほかの問題を隠そうとすることがあるからだ。」

「興味を追求したいという気持ちが自分の手に負えなくなり、ひとりよがりになっているかもしれないと感じたら、自分は何かの問題をごまかそうとしているのではないかと自問してみたほうがいい。」(P137)

引用:いつも楽に生きている人の考え方 (ディスカヴァー携書) 新書 – 2011/9/16 ウィンディ・ドライデン (著), 野田 恭子 (翻訳)

ドライデン氏が取り上げている例は、ある夫婦の鉄道マニアの夫の例です。子供ができたことをきっかけに、夫は鉄道マニアの趣味に「没頭」するようになります。しかし、その実、その裏側には子供ができて妻の愛情が分散してしまったことへの「嫉妬」が含まれていたのだそうです。その感情に向き合わず、逃げてしまった結果として「のめり込み」が見られたそうです。本当は向き合わなければならないことが「怖い」時、人は逃げてしまうのかもしれません。私の場合は「読書」に逃げることが多いようです。

「不合理な考え方」を探す

人がある行動にかきたてられる時には、その背後に必ず「考え方」があります。試みに、私の現在の状況を論理療法(REBT)お得意のABC理論で考えてみます。

A:出来事
本を読みまくっている(月に50冊~70冊)

B:不合理な考え方
本をたくさん読まなければ質の高いアウトプットはできない

C:感情
ソワソワするような感覚

AとCの間にはB(ビリーフ)という「不合理な考え方」があるものです。自分の考え方を探ってみると「アウトプットをするためには、もっとたくさん本を読まねばならない」という硬直した考え方があることに気づきます。

現在、アウトプット(コンテンツを作ることや発表すること)に多くの時間を使わねばならない仕事をしています。アウトプットするのは時に苦しいものです。自分の中に、そんなに外に出せるものがあるだろうか?と不安になります。そこで「インプットが重要」という信念を選んだようです。そうしている時は、意味あることをしているように感じ、少し楽になります(しかし、後で後悔します。何も進んでないんだから)

こんな本を読んだら影響を受けますよね。佐藤氏は月に90本も締め切りを抱えているそうです。しかし、異常なまでのインプットをしています。明らかにこの人たちは「普通」じゃないですね。

どうしても極端なものに惹かれてしまうのが、私の傾向です。こんな本によって、不合理な考え方が強化されていきます。現実的に見れば、今のままのスタイルで行けば、アウトプットに費やす時間さえ、ほとんど無くなるくらい読書にとられています。これでは本末転倒です。

「合理的な考え方」を探す

この不合理な考え方を正すためには、下記の本を読めばよいのです。もうわかっているんですから。

なぜ、ノウハウ本を実行できないのか―「わかる」を「できる」に変える本

なぜ、ノウハウ本を実行できないのか―「わかる」を「できる」に変える本

  • 作者: ディック・ルー,ケン・ブランチャード,ポール・J・メイヤー,門田美鈴
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2009/12/11
  • メディア: 単行本
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読めば読むほど「実行」はできなくなります。咀嚼し、消化し、自分の内面にあてはめる時間を持たなければ、どれだけの情報を摂取したところで、すべて消化不良になってしまいます。より重要なアウトプットから明らかに「逃げて」いる自分に気が付きます。ここを修正しなければ「本当は」自分の行きたい方から遠ざかっていきます。改めて、自分は弱いなと気づかされます。

時々、手痛いけどビシッとやってもらうことが必要です(私の場合)。論理療法(REBT)はその助けになります。

まとめ

なすべきことが多くなると、私の場合、本が多くなります。発作的に本を注文し読み始めます。ここ一か月で紙の本も20冊近く増えました。どれだけ逃げているかが分かります(笑)。今、記事を書きながら簡易のREBTを試しましたが、一度、逃げずにじっくり自分の「不合理な考え方」に挑み、それを正さないと、これは治らなさそうです。そのたびに、あ~これじゃ、いかんと思うのに。何度も繰り返すんですから。

それにしても、人の考え方というのは簡単に「読むもの」に影響を受けます。ビブリオセラピーも使い方次第で毒にも薬にもなりますね。注意しなきゃな。

「愚痴ばかり言ってしまう!」は悪くない。超!ストレス発散になるんだってさ!

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私は男なのですが、どうも黙っていられないたちです。ちょっと心にモヤモヤがあると、すぐに口に出してしまう傾向があります。「愚痴ばっかり言ってしまう」、自分の傾向がいやだなと思っていたのですが、最近読んだ本に面白い意見がありましたので、ご紹介してみたいと思います。どうも、愚痴は悪くないらしいですよ。

デブリーフィングという治療法

吉田たかよし氏は政治家の秘書をなさっていたことがあります。多忙な政治家が心身のコンディションを整えるために、車で移動する時間が大いに役立っているようです。情報収集、睡眠と並び、3つ目に挙げられているのがなんと「愚痴を言うこと」なんです。誰にも聞かれない専用車の中で、秘書や運転手に、「愚痴を言いまくる」ことが、実は、政治家の大きなストレスを軽減するのに役立っているのです。

吉田氏はこれを「デブリーフィング」という医療用語を用いて説明しています。
参考:デブリーフィング(デブリーフィング)とは - コトバンク

「実は、悩みを自分だけで抱え込まず第三者に話すことは、医療の世界では治療法の一つとして取り入れられています。それが、「デブリーフィング」と呼ばれるものです。デブリーフィングは元々、軍事用語でした。前線の兵士が上官に戦況を報告することが、この用語の本来の意味です。ところが、戦場の悲惨な現状を口に出して報告した兵士は、他人に話す機会がなかった兵士より、ストレスが引き起こす身体の症状が出にくいことに気づいた人がいました。これをきっかけに、患者さんから悩みを聞きだすことが治療法としてクローズアップされ、デブリーフィングという名前で呼ばれるようになったのです。」

引用:「脳力」をのばす! 快適睡眠術 (PHP新書)吉田たかよし - ただの読書ログ(ヨシ・ノリハラ)

愚痴を言わずに、自分の中で、正しい考えを持とうと努力しても、ストレスは雪だるまのように大きくなっていくものです。そこで、考えを整理するためにも、まずは、すっかり愚痴を出し切ってしまうことが大事なのです。評価したり、反論するよりも、まずは、とにかく愚痴を言える環境を用意すること。これって大事です。この面、家族がいたり、愚痴を言える親友がいるってのは、ほんとありがたいことだといえそうですね。

大げさに愚痴を言う効能

この本を読んでいる中で、以前もどこかで似たような事例を見たなと思い出しました。本棚から探してきましたが、HSPの本でした。加温療法でストレスに対抗するホルモン(HSP)を作る方法が取り上げられている良書ですが、この中に「大げさに愚痴を言う学生」の話が出てきます。これを読んで爆笑しました。まさに、私の友達にも、この手の人がいますし、私自身もわりと、この手の人だからです。

「学生のストレス実験ではおもしろいことが分かりました。この実験で、ストレス・ホルモンの「コルチゾール」も測定してみました。当然のことながら、全員にコルチゾールが増加していました。ところが、そのなかでまったく増加しなかった学生がいました。測定ミスか、なぜなのか、原因がわからずとても悩みました。そして、あることに気付きました。学生の中で、1人、とても大げさに表現する学生がいました。加温実験も、熱い熱いとうるさいのです。筋肉痛実験の腕立て伏せでも、腕が折れそうだとか、大げさで(性格は良いのですが、ただ大げさなだけです)、はじめは、私も大丈夫かなと心配になり、その学生だけ100回の腕立て伏せを50回にしたくらいです。実は、この学生が、コルチゾールが増加しなかった学生です。つまり大げさに口にすることで、ストレスを発散させているため、それがストレス解消になって、コルチゾールが増加しなかったのです。」

「アメリカの赤ちゃんと日本の赤ちゃんに、予防接種の時にストレス・ホルモンのコルチゾールを測定しました。コルチゾールは、どちらの赤ちゃんがより増加したと思いますか。日本の赤ちゃんは泣かないでじっとこらえていたので、コルチゾールは高くなり、泣き喚いたアメリカの赤ちゃんは泣いてストレスを発散させたので、コルチゾールはそんなに高くならなかったのです。」


からだを温めると増える HSPが病気を必ず治す

引用:(HSPが病気を必ず治す 伊藤要子 ビジネス社 P169-171)

ぐっと自分の中にため込むよりも、外に出してしまったほうがよほど、問題に取り組みやすくなります。イソップ童話の「王様の耳はロバの耳」にあるように、人間は、モヤモヤをずっと心の中にとどめておけないものなのではないでしょうか。


王さまのみみはロバのみみ (世界名作ファンタジー55)

もちろん、愚痴を絶えず聞かされるほうにしては、けっこうたまらないんですけどね(汗)。

そこで、誰でも彼でも愚痴を言えないという人のために優れた方法があります。それが、心の中にある、モヤモヤをとにかく「書き出す」こと。私だって、なんでもかんでも奥さんに愚痴るわけじゃないです。いちおう、ちゃんと自分でも処理します。

愚痴を「書き出す」だけでも効果がある

私は、論理療法(REBT)や認知行動療法(CBT)を学ぶ中で「外在化」という概念を学びました。
参考:外在化:心の「文章記述」をまずは「書き出す」こと

これは、まず思考を外に取り出すことで、感情を整理するためのテクニックです。私の専門の論理療法(REBT)ですと、A(出来事)→B(信念)→C(感情)と分けて書き出すことで、感情は漠然としたものではなくなります。モヤモヤしているとき、問題の全貌が見えません。モヤモヤに包まれているときが一番苦しいものです。しかし、問題が外に出されて、かつ整理されて見えてしまえば、実は、それほど大きなものではないということに気づけます。この段階に至るためには、まず、しっかりすべて吐き出すことが必要です。

最初のころは、B(思い込みや信念)になっているイラショナルビリーフ(不健全な考え方)を探そう、探そうとしていましたが、まずは、思いっきり心の中にあることを書き出してしまうのが良いようです。意識しているかどうかにかかわらず、心にあることは、すべて「文章」の形で存在しています。人間は言葉で考える生き物だからです。そこで、まずは「その時、自分にどんなことを言っていたか」と自問し、とにかく思いつくままに、愚痴を書き出していきます。ここで評価を下す必要はありません。すべて吐き出し切ってしまうと、だんだん、自分の強い思い込みが透けて見えてきます。

ここで論理療法(REBT)で、B(信念)をD(論駁)するのですが、もし、そこまでできなくても、まずは、書き出して、自分の思いを出し切るだけで、ずいぶん気持ちが楽になっていることに気づきます。私は、evernoteを使いワーッと気持ちを書き出す専用のノートを作成しています。手書きよりも、タイピングのほうが気持ちをスカッと表現するには適しています(スピードが追いついていきます)。この方法に取り組んでから、ずいぶん、ストレスを感じる頻度は減ったように感じています。

まとめ

そういえば、今から10年ほど前、ストレスに満ちていた時期に、日記を狂ったように書きまくっていました。今考えると、ちゃんと、心理学的な裏付けがあったようですね。


アーティミス 5年連用日記帳 ピンク DP5-140 PK

そのころ、つけていた日記は5年日記ですが、節目ごとにだいたい同じ問題で七転八倒の苦しみを経験していることがわかります。もう少し、早めに心の健康管理にしっかり取り組めたらよかったけど。あの頃は、あの頃で、書き出すことでなんとか、自分の心のバランスを保とうとしていたんでしょうね。

論理療法(REBT)の独習を始めてから、とにかく「書き出す」ワークをしていますが、効果が出ています。道楽心理士として、セルフヘルプの心理学の枠組みを確立していきたいと思います。

作られた「うつ病」!?うつマーケティングと闘う!まずは生活習慣から見直そう。

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うつ病は他人事ではありません。職場でも、近所でも、家族の中にもうつ病を患う人がいます。無関心ではいられない話題です。なぜ?これほど、うつ病が多くなったのか。社会現象化するうつ病の根を調べていた最中に、実に印象的な冊子に出会いました。そして、はびこる「うつ病」の一端を理解した気がします。

うつ啓発キャンペーンの真意

諸説あることは理解していますが、うつ病が増加した一つの要因は製薬会社等によるうつ病の啓発キャンペーンです。うつ病を患い自殺を試みてしまったり、周囲の理解を得られず燃え尽きる人を救うという名目で、うつ病を啓発するキャンペーンが大々的に行われていました。うつは「心の風邪」というフレーズも作られたものです。しかし、こうした啓発キャンペーンには、うつ病の患者を救いたいという表の動機以外に、いわば裏の動機があるのだと言います。

「杏林大教授の田島治(たじまおさむ)(61)は1996年、英カーディフ大教授デビッド・ヒーリー(57)の著書と出会い、精神科医としての人生が百八十度変わった。  その主張は衝撃的だった。〈製薬会社は「薬を売るより病気を売れ」というやり方で、患者の掘り起こしをしてきた。精神科の薬の開発は、科学の衣をまとったマーケティングである〉」

引用:「新型うつ」が日本を飲み込む ニッポン人脈記 (朝日新聞デジタルSELECT) Kindle版 朝日新聞 (著)

それは製薬会社の意図です。製薬会社は薬を売って儲けます。うつ病に限らず、製薬会社は薬を売るために、莫大な資本を投下して専門家のコメントを集めたり、広告を打ったりして、病気を啓発することがあります。過去には逆流性食道炎(胸やけ)や勃起障害(ED)なども、このキャンペーンで大いに「作られた」病だと言います。

こうした啓発キャンペーンに適している病気の4つの特徴があります。うつ病にも同じ特徴があります。

「正常と異常(病気)の線引きが難しい、緊急性が低い、患者数が潜在的に多い、投薬期間が長くなりがち。これら4条件を満たすと啓発の対象になりやすい。うつも同じ」

うつマーケティングの功罪 週刊東洋経済eビジネス新書No.51

つまり、必ずしもうつ病と診断されるべき人ではない人、まだうつ病とはみなされない層を取り込むために、啓発キャンペーンがなされたと考えてよいと思います。アメリカでは頭打ちなうつ病患者ですが、日本を含む各国にその「病気」が輸入されることで、確実に製薬会社が儲かっています。見手の通りですが、実際に、キャンペーンは奏功し、うつ病患者は増加し続けています。なんて悪質なのでしょう。副作用が少ないと言われるSSRIでさえ、微妙な診断の人が飲むべき薬ではありません。

安易になされるうつ病の診断

それに加えて、うつ病の診断が比較的に安易になされることが、うつ病増大の背景として問題視されています。うつ病の診断のために多くの精神科医は米国精神医学会のDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)を使用します。DSMには「症状の質問項目を一つひとつ当てはめていくと誰でも機械的に診察できる簡便さ」があると言います。

そのため、このような状況も生じています。この意味を考えてください。

「DSMはその使いやすさゆえに、精神科医以外、たとえば内科医でも患者をうつだと診断し、抗うつ薬を処方できる。それどころか、医療現場を越え、裁判実務でもDSMは使われるようになった。第一協同法律事務所の峰隆之弁護士によれば、「精神科医の参考意見が求められないまま、裁判官が『事実認定』において、DSM-4を用いてまるで医者のようにうつを診断。司法判断の根拠にする例もある」。仕事上のミスや悪天候などが重なれば、誰でも気分が落ち込む。だが、大抵はしばらくすると元気になる。一方、うつは日常生活に支障を来すほど持続的な気分の落ち込みとされる。ここで問題は、どこまでが一過性でどこからが持続的とするかだ。  

正常(憂鬱)と異常(うつ)の境は人為的で、あいまいなものだ。DSM-4の作成委員長を務めたアレン・フランセス氏は自著『〈正常〉
を救え』の中で、「うつの条件に科学的な必然性があるわけではない。どこに基準を設定するかの最終判断は主観的になる」と断言している。うつの必要条件の「2週間の持続性」という期間にも、実は客観的な合理性はない。米国精神医学会の識者がこのくらいが適当であろうと多数決で決めたものだ。」

うつマーケティングの功罪 週刊東洋経済eビジネス新書No.51

そういえば、私は、この本を持っていました(読んでなかった、笑)


〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告

精神科医でさえ、きわどい人のうつ病の診断する際には十人十色の診断となるでしょう。DSMを安易に活用すれば、当然、うつ病と診断される人は多くなるでしょう。中には命の危険を及ぼすようなうつ病(自殺念慮)もありますが、それほど重くはない欝々とした気分の患者が、診断・投薬により、完全な「病人」になってしまうことも少なくないのではないでしょうか。この事実は、重く受け止めるべきです。

私はうつ病の存在を否定する立場ではありませんが、安易にうつ病が診断されている現在の状況には警句を鳴らすべきだと考える人の一人です。薬を飲み、自分は「うつ病」だと、ラベルを貼ることで、本当に「うつ病」になってしまう人のいかに多いことかを。

本当にうつ病なのか、そうではないのかは置いておいて、そこから抜け出したいと思うなら、精神科医や薬に任せておくわけには行きません。自分の体を、自分の心を、大切に「立ち上がって」ほしいです。スパルタに聞こえるならお詫びします。

生活習慣の改善から始める一歩

うつという底なしの穴から抜け出るためには、生活習慣を立て直すことが奏功する場合が多いようです。(だるくて、そんなことはできないという反論は承知の上で書いています。)いくつかの雑誌で、獨協医科大学越谷病院の井原裕教授のコメントを読みましたが私は非常に共感しました。
cotree.jp

井原裕氏(精神科医)のコメントに共感

「うつだから眠れないのではなく、眠らないからうつになるのではないか。毎朝同じような時間に起き、睡眠時間を十分確保すれば、うつはよくなるのではないだろうか」


「「何もやる気が起きない」とボロボロ泣きながら訴える患者の話を聞いていると、多くの共通点に気づいた。それは(1)食生活などの生活習慣が悪い、(2)アルコールを飲みすぎている、(3)睡眠時間が短い、(4)寝る時間や起きる時間が毎日めちゃくちゃ、という4点だった。平日の睡眠時間がわずか4時間という患者も少なくなかった。」


うつマーケティングの功罪 週刊東洋経済eビジネス新書No.51

生活習慣の改善で治るほど甘くはないという意見も聞きます。しかし、まずは、これが薬に頼らずにできることの第一歩です。寝る時間や起きる時間が狂えば「概日リズム睡眠障害」のような症状も出てきます。遅く起きたり、昼寝をすれば当然夜眠れず、朝起きられず、を繰り返します。うつのような症状が出ることも当然です。

しかし、生活習慣は変えることができます。私も実際にそうしてきました。

まとめ

うつ病の人には「無理しないで」と言うべきだと教えられてきました。しかし、うつマーケティング、うつキャンペーンの実態を知るときに和私は義憤を覚えます。あまりにも多くの「うつ」(もどき)が作られ、投薬や過度の休養(生活習慣の乱れ)により、本当に「うつ状態」に陥ってしまう人が多いことを考えると辛いじゃありませんか。

「うつなんだから、朝起きられないんだ」と反論されることは分かっています。しかし、朝起きるためには、たくさんの戦略が必要です。私も起きられませんでした。ほんと、戦いながら、自分の体内リズムを勉強しながら、朝起きて、陽を浴びる習慣を「作って」きました。
参考:早起きする方法【習慣化チャレンジ】

むろん、努力は必要です。しかし、自分自身で立ち上がらなければ、世の闇に完全に貴重な精神を奪い取られてしまいます。わずかでも残った、人間として尊い精神力を使い、今の「うつ病」が時代によって作られたものでは無いか?考えてほしいと思うのです。生活習慣、行動は、自分で選ぶことができます。いきなり、朝5時、6時に起きられなくても、起きて陽を浴びるところからスタートするのはどうだろうか。

私は、あなたが、うつ病と「戦って」欲しいと強く願っています。

追記

丸岡いずみさんの著書を読んで、投薬や休養が必要な「うつ病」があることを理解しています。
kokoro-shihon.hatenadiary.jp

「頑張り屋で真面目な人」ほど注意です!うつ病を「治そう」と気張る「認知療法」はかえって悪化すること必至だから。

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うつ病について勉強中です。限界を越えて追い詰められた頑張る真面目な人が、うつに陥ることは十分にあり得ることです。責任感が強く、頑張る人ほど、誰にでも生じると思います。(私も、どちらかというと、うつ病予備軍の気質です。)

うつ病の最中には「自力での認知療法」は難しい

そして、頑張る真面目な人ほど、陥ってしまうのが「認知療法」で、なんとか自力でうつを治そうと試みること。しかし、精神の限界(体力の限界の場合もあり)まで追い詰められて、苦しい状態の人が、自力で認知療法を試すのは実際には難しいことです。私は現在、論理療法(REBT)を集中的に勉強していますが、こと、うつ病に陥っている最中の人が、自力で認知療法を行うことに関してはバランスをとって考えなければならないと感じています。

丸岡いずみさんのうつ

丸岡いずみさんは、テレビでよく見ていました。著書を読むと、ほんと、休むことを知らない精力的な仕事人間だったことが分かります。アナウンサーの華やかな雰囲気の裏では、夜討ち朝駆けの取材の日々でした。うつ病発症のきっかけは、東日本大震災の取材だったと振り返っておられます。それまでの、精神的な過労の蓄積と東日本大震災のショッキングな取材。こりゃ、だれでも限界を越えるでしょう。著書を見ると、丸岡さんが、ほんと、頑張り屋で真面目な性格であることが分かります。

仕事休んでうつ地獄に行ってきた

仕事休んでうつ地獄に行ってきた

丸岡さんは、児童心理学などにも造詣が深い方ですので、当初は、「やはり」認知療法を自分でなんとか実践しようと奮闘したようです。しかし、そうしようとすればするほど、追い詰められていく状態になりました。

「私自身、薬を飲まなくても大学院時代に身に付けた「認知行動療法」で治すことができると思い込んでいました。うつ病真っただ中の人が自分で自分に施しても、効果があるはずはありません。  結局、薬を飲まなかった私はさらに悪化し、すべてをネガティブにとらえるようになってしまいました。最終的には「母親にヒ素を盛られた!」という異常な被害妄想まで抱くようになりました。11年12月、過換気症候群を起こし入院。精神科入院中に処方された薬をきちんと飲んだら、すぐに快方に向かいました。」

引用:うつマーケティングの功罪 週刊東洋経済eビジネス新書No.51

考えて、考えて、理性の力で落ち込みを克服しようという認知療法的なアプローチは、心の健康度がかなり高くないと難しい方法であることが分かります。頑張り屋で真面目な人ほど落ち込みやすいワナですね。丸岡さんは結局、精神科の投薬治療によって回復していきます。レビューを見ると、そんなに甘くないというバッシングもありますが、そこに至る過程に注目したいと思います。

有島さんのうつ

最近読んだ有島さんのコミックエッセイも役立ちました。うつ病の最中(自殺念慮もあった)には、認知の歪みを自分で正すのはほとんど無理です。彼女は保健師でもあり、精神医学にある程度明るかったので、精神科医や仲間の保健師や、他の人からの援助を積極的に求めましたが、そうじゃなかったら、危なかったかもしれない、と思えます。

マンガでわかる どんなウツも、絶対よくなる ラクになる!

マンガでわかる どんなウツも、絶対よくなる ラクになる!

彼女が認知行動療法に取り組みだしたのは、うつ病のトンネルを少しずつ越えてきた後のことです。優しい妹さんや、理解のある家族の助けを得ながら、思考を少しずつ柔軟にしていくことができました。認知療法を行うならタイミングが大事です。

心にスキマを作ることが大事

うつ病の最中にある人は、暗いトンネルの中にいることに似ています。出口が全く見えず、引き返すことも、違う道を探すこともできないのです。そういう時に「考え方を変えなければ」という強迫的な思考は逆にうつを悪化させます。むしろ、この時期には、心に少しのスキマを作ること、なんとかうつの時期をやり過ごさなければなりません。必ずうつは抜けますが、あがくと、かえって苦しくなるのも事実です。

1秒でも早く! 「ダメージ」から抜け出す方法

心にスキマという概念はこの本から学びました。

1秒でも早く! 「ダメージ」から抜け出す方法

1秒でも早く! 「ダメージ」から抜け出す方法

心のスペースをまずは空けないと、状況に対して正しい考え方ができません。もしかすると、大好きな映画を見たり、音楽を聴いたり、本を読んだり、まずは、追い詰められた状態を脱することが必要なのかもしれません。「認知療法」で直さなきゃと思えば思うほど、自分を追い詰めてしまいます。

うつからの脱出―プチ認知療法で「自信回復作戦」

つらい気持ちの時には、下園氏のうつに効く「プチ認知療法」がお勧めです。

うつからの脱出―プチ認知療法で「自信回復作戦」

うつからの脱出―プチ認知療法で「自信回復作戦」

実際読んでみると、少しも認知療法ではないことが分かります。下園氏は「時間稼ぎ」と言います。このような現実的な本があることが嬉しかったです。認知療法・うつ・というキーワードで引っかかるようにこの本を用意してくれたことに、下園氏の愛を感じますね。

誰かと話すことこそ「認知療法」

もしできるなら、一番つらい時期は、とにかく誰かと話すことができればいいですね。自分で認知療法を行う力は無くても、とにかく、自分の気持ちを吐き出すことができれば、認知の歪みを指摘してもらえます。話すことで、自分の考えが偏っていたということが分かることがよくあります。そして、少しずつ、心にスキマを作っていく。

時には精神科に行き、自分の気持ちについて話す、ことが大事です。また、投薬治療で、睡眠の習慣を回復させたり、不安を一時期でも解消したり、何かにつかまることが大切な時もあります。溺れちゃうよりは、わらをつかんだ方が良いです。時にはね。

気張ってはいけない

論理療法(REBT)や認知行動療法(CBT)を学ぶと、自力でうつ病は克服できる!という気持ちになりそうですが、実際に、うつ病になった人の経験談を読むにつれて、そんなに甘くないなということにも気づきます。論理療法(REBT)で言うところの「べき思考」が、かえって発動してしまう結果にもなりかねません(認知療法でうつを治す「べき」だ・・のように。)

ツレがウツに・・


ツレがうつになりまして。 [ 細川貂々 ]

ツレがうつになりましての細川氏の家族の中で起きたことは印象的です。治そう、治そうと気張れば気張るほど、治らない、これがウツですね。

「2年以上が過ぎても、病状は一進一退を繰り返す。いつか治るのか思うからいつも。いっそのこと一生こんなにいい、思えば楽しくないだろう。06年秋、細川は夫に告げた。「治なんていいよ、治らない方が、前より幸せだから」そう言われた途端、症状は回復に向かいました。望月は「それまでは、治そうと焦っていたんだと思う。諦めたらすごく楽になんとスッと良くなった」と振り返る。その年の暮れにはすべての薬をやめることができた。望月は今でも調子を崩すことがある。しかし、物事に優先順位をつけられるようになり、諦めることを覚えた」

引用:「新型うつ」が日本を飲み込む ニッポン人脈記 (朝日新聞デジタルSELECT) Kindle版 朝日新聞 (著) - ただの読書ログ(ヨシ・ノリハラ)

まとめ

うつ病は必ず治ります。うつの辛い気持ちも必ず過去のものになります。抜けられます。でも、認知療法で必死に抜けようとすることはやめましょう。こは、これまでの先輩たちの経験が物語っている教訓です。辛い時期に何かの意味があるとしたら、それは、人生には休むことも必要だということを学び取る大事な時期なのかもしれないのですから。

今さらだけど、臨床心理士を諦め「道楽心理士」になろう、という話。

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あの選択から、もう15年が経ちましたが・・

私は臨床心理士を目指し大学に通っていましたが挫折しました。大学では、ほとんど図書室にこもって心理学・精神医学の本を読みふけっていました。ゼミの先生にも恵まれ楽しく心理学を学びましたが、その一方で、心理学を「仕事」とすることに対する、得体のしれない恐れを感じていました。(まあ、今になって分かりますが、その感覚は「まとも」でした。)結局のところ、決意をもって中退し、心理学の世界から身を引きました。

若さゆえの暴走のようにも感じるのですが、同時に、あの時期にあの決断ができた自分を誇らしく思うこともあります。

臨床心理士をあきらめたことを後悔しているか

時折、臨床心理士をあきらめたことを後悔しているのか、自問自答します。心理学に未練が無いわけではありませんが、臨床の場で心理学を活かし、それを生業にすることは、私にはできなかったと自覚しています。最近、臨床心理士を自主退会したカウンセラーのブログを見つけて読んでいました。

参考:うつ-自分にうそがつけない人たち 幸朋カウンセリングルームより

もし、私が臨床心理士の道を選んだとしても、遅かれ早かれ、こうなったかも、という感覚がジわっと広がってきました。私は、ずいぶん早く見切りをつけてきてしまったのですが、コメント欄を見ていくと、心理学の道を外れずに歩んできた人の中にも同様の感覚を持ち続けている人が少なからずいることに気づきます。

どうせ見切りをつけるなら、早い方が良かった、それが、今の偽らざる感情です。(自分のメンタルの弱さと、心の闇の奥深さもだんだん理解してきましたけど、人を助けるほどに自分の心が強くないというのも分かってきましたし・・)結局のところ「職業」として、心理学を扱うには、私は心がピュアすぎます(自分で言うか?)。エンデも述べる通り、結局、諸悪の根源は「お金」なのだと私は思うんですけどね。


エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと (講談社+α文庫)

だって私は、「道楽」として心理学を学ぶことは辞められないのですから。

なので「道楽心理士」という道を選ぶ

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そこで「道楽心理学」という新たな学問を自ら打ち立て「道楽心理士」(自称)になってしまうことにしました。なんじゃそりゃ、というツッコミ待ちです。

本を読み始めるとどうしても心理学に戻ってしまいます。ユングの内向型、外向型で言えば、完全に「内向型」で、エネルギーはすべて内側に向っています。人の心(他人っていうより自分かな)に無限の興味があり、一日中引きこもって考えていても退屈しません。そこにこそ、情熱を傾けられるだけの興味があります。(エネルギーの行先が、あまり「生産的」ではないのは残念ですが・・。)

お金を稼がなくても、人を助けられなくてもいいのです。とにかく「道楽」として心理学を楽しむことです。そう割り切ると、ふと心が楽になりました。職業としての心理士やカウンセラーに、いまだに少しコンプレックスがあったのかも。そこで、自分なりに「道楽心理士」としての「十戒」を作ってみました。

「道楽心理学」の「十戒」

1:心理学でお金を稼がない
2:心理学で誰かを助けない
3:心理学に限界のあることを認める
4:どの流派にも属さない
5:学んだことを常にアウトプットする
6:考えるより「行動」する
7:自分に役立つ新たな理論を絶えず打ち立てる
8:常に自分にとっての「壁」にチャレンジする 
9:心理学以外に「軸」を持つ
10:自分のメンタルが弱いことを隠さない

ものすごい適当です。今、考えました。この「十戒」はおそらく、定期的に書き直しが必要そうです。ただ、これからもセルフヘルプのために心理学を学び、思考の燃料として、心理学を活用していきたいと思います。この意思表明のためにブログに記事を書いてみました。

まとめ

心理学の世界にとても強く惹かれながらも、恐ろしさも感じていました。今から15年前のことです。今でもそういう感じはあります。開けてはいけない扉のような気もしつつ、いつも、このドアの前をうろうろ、行ったり来たり、繰り返しています。これからも「道楽」として、お気軽に心理学に触れ続けていきたいと思っています。

「燃え尽き症候群」の原因に横たわる「共依存」!その対人関係は歪んでいる!

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燃え尽き症候群について調べていて、その原因として「共依存」と言われる独特の歪んだ人間関係があることを知りました。

「もえつきからの回復も、もえつきを予防することも、つまりは「共依存のワナから抜ける」ことでもあるのです。」

(本当は助けてほしいあなたへ「もえつき」の処方箋 水澤都加佐+Be!編集部 P76)

そもそも、燃え尽き症候群になるのは対人援助職(カウンセラー・医師・看護師・ソーシャルワーカー等)が多いのだそうです。時に、親や介護者も燃え尽きます。そこには、単なる精神疲労のみならず、歪んだ「共依存」の対人関係ストレスがあるようなのです。やはり、だいたい強烈なストレスの根っこをたどると対人関係に行きつきますね。

「燃え尽き」の背後にある「共依存」関係

もともと「共依存」という言葉は、アルコール依存症の援助をする家族が巻き込まれる症状のことを指していたようです。依存症に陥った家族をなんとか助けようとするあまり、アルコール依存症患者に人生を「支配」されてしまう状態。自分自身の問題と、相手の問題の「境界」(境目)がなくなってしまう状態のことを言います。

先日紹介した「もえつき」の本は、「共依存」を「自己喪失の病」と説明して、下記の特徴をあげています。

・自分の感情やニーズ・欲求がよくわからない
(援助する人を中心にしてしまう)

・相手と自分の境界線が混乱している
(相手の問題を自分の問題のように考えてしまう)

・ありのままの自分で良いと思えない
(役に立っていないと存在価値がないと思ってしまう)

こんなに相手を助けようと親身になる人が、燃え尽きるなんて残念ですよね。しかしどこかで、この対人関係の歪みに気がつかなければ、いつまでも苦しさから抜けられません。直視するのは恐ろしいことかもしれませんが。共依存について調べていて、大変、示唆に富む書籍を見つけました。「となりの脅迫者 フェニックスシリーズ スーザン・フォワード」です。

心理的脅迫(エモーショナルブラックメール)

援助、介護されているはずの人が、心理的脅迫(エモーショナルブラックメール)の加害者になります。最も親しい、家族や仲間だからこそ、感情的な弱みを握っており、その弱みを「利用」して操ろうとして来るというわけです。一度、その圧力に屈すると、要求はエスカレートしていき、いつの間にか完全に「支配下」に置かれてしまいます。

人にはそれぞれ「弱み」(ホットボタン)があり、そこを突かれると無意識のうちに反応してしまいます。となりの脅迫者」の中では、それを「FOG」と呼んでいます。スイッチが押されると、無意識に行動してしまうのです。

「FOG」とは、「恐怖心(Fear)」「義務感(Obligation)」「罪悪感(Guilt)」

1 他人に認めてもらいたいと思う過剰な欲求。 2 怒りに対する強烈な不安。 3 他人の人生に過剰な責任を感じる傾向。 4どんな犠牲を払っても平和が欲しいと思う気持ち。 5 高度の自己不信。


となりの脅迫者 フェニックスシリーズ スーザン・フォワード

いくつかの例を挙げます。

「捨てられる恐怖」を過剰に感じる妻に対して、エモーショナルブラックメールの加害者になる夫は、自分の要求が聞かれないと出ていくという脅しをかけます。例えば、新製品の○○を手に入れたい(かってほしい)が、許可してもらえないと、泣き言を言いつつ家出するのです。そうなると、妻はいてもたってもいられず夫の要求に屈してしまいます。ばかげていることは分かっていても、妻は、「家から出ていかれる」恐怖心を刺激されると、簡単に相手の要求に屈してしまうのです。

またある妻は夫のもつ「罪悪感」に訴えます。一人にされるとどれだけ辛いかを訴え、出張や仕事にさえ、ついていこうとします。独占欲が強いのです。要求を振り切って、出かけると妻は憔悴してしまい、その姿を見ると夫は「罪悪感」に襲われます。この「罪悪感」はすさまじく、結局、夫は常に、妻の言いなりになるのです。

こう見ると、加害者は、単なる「駄々っ子」と変わらないのですが(事実、全く悪意のない加害者もいるようです)問題は振り回される側に発生します。つまり「共依存」になり、結果として「燃え尽き」てしまうのです。

統合性の危機

自分の問題と、相手の問題を区別できなくなってしまうことにより「統合性」が脅かされます。

「ブラックメールは人の命を脅かすことはないかもしれない。しかし、人間の持ついちばん大切な宝である健全な自我、すなわち統合性(インテグリティ)を奪い去る力を持っている。すなわち、「統合性」とは人間の「完全性」ないしは「無欠性」を意味する言葉で、普通私たちはそれを「これが私という人間だ。これが私の信じるものだ。これが私の進んですること―そしてこれが私が一線を引くところだ」という確固とした知識として経験している」

となりの脅迫者 フェニックスシリーズ スーザン・フォワード

私たちは、通常、目の前の他人が不機嫌な顔をしていても、気に留めない(多少不愉快でも)かもしれませんが、いったん、共依存の関係になると、自分がその人の機嫌を回復させなければならないと必死になってしまうのです。そして、相手の望むものを差し出してしまうことになります。

簡単に言えば、自分は自分、他人は他人という「線引き」が必要だということです。

まとめ

「共依存」について知れば知るほど、対人関係(特にちかしい関係)の闇を垣間見る気がします。これは解決していかねばならない問題だと思います。

自分に自信をつける正しい方法とは?「フィールグッド(心地よさ)」を求めるトレーニング!

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自分に自信をつけるために、資格にチャレンジしたり、出世を目指したり、恋愛相手を次から次へと代えたりする人がいます。また次から次へと高い目標を設定し、駆り立てられるように仕事をする人もいます。これは、アドラーが言う劣等感の「昇華」と考えられないこともありませんが、自分の自信の無さの原因を認めていなければ、無駄な努力(穴のあいたバケツに水を貯めようとする)を生涯にわたって繰り返してしまうことになります。

kokoro-shihon.hatenadiary.jp

自分自身が納得しないのであれば、どんな努力もむなしいものになります。そこで、この記事では、対処療法的ではなく、根っこから自分に自信をつける方法(トレーニング)をご紹介します。まずは、その前に、少し復習になりますが、自己無価値感を克服しようとする方法が、なぜ、本当の自信につながらないのかを考えます。

本当の自信につながらない誤った方法

前述の根本橘夫氏は、「たら」「れば」という無価値感を埋める心理が働いている限り、本当に自信を持つ方法を発見できないことを論理的に説明しています。

「自己価値感が満たされないと、強迫的な自己価値感への欲求が形成されてしまいます。  このために、基底的自己無価値感を、状況的自己価値感で埋めようとする心理がうまれます。  したがって、基底的な自己無価値感を持つ人ほど、強迫的に状況的な自己価値感を獲得しようと躍起になります。誰からも受け入れられることを求め、自分の力を誇示したがり、賞賛を得ることに執着し、嫌われることを極度に恐れるようになります。  

しかし、こうして得られる自己価値感は、「……になったら」「……であれば」という条件つきのものです。すなわち、「受け入れられたら」「愛されたら」「何々ができるようになったら」「成績が上がったら」「賞をもらえれば」「一流校に合格すれば」「やせてスタイルがよくなれば」、そのとき、はじめて自分に価値が生じると感じられるものです。 ですから、幸せは、「いま、ここ」の自分にはありません。いつでも「未来の、現在とは違う自分」に幸せを夢見ることになります。 」

「なぜ自信が持てないのか 自己価値感の心理学 根本橘夫 (PHP新書)」

幼少期に、ただそのままの存在として認められている実感を得ていない人は、自己無価値感人間となっており、自己価値感を高める、自信を持つための方法を模索しながら生きることになるという指摘です。これは非常に鋭い洞察であると思われます。ビジネス書のベストセラーに見られる、駆り立てられるような「成功」への猛進は、少なからぬ人たちが持つ自己無価値感に働きかけているようです。

当然ですが、これは自信を持つための正しい方法になっていません。どこまで出世しても、どこまで学歴を得ても、どんなに称賛されても、「ただそのままでいいのだ」という実感を持てない人にとっては、満足はほど遠いところにあります。

その末路は「燃え尽き」かもしれません。
kokoro-shihon.hatenadiary.jp

「いま、ここ」に目を向ける

自己無価値感を持つ人は、今の自分を生きていません。本当の自分を夢見て、「たら」「れば」に生きています。何かを達成できさえすれば「自信がつく」と考えます。しかし、誤った道を歩いて、正しい目的地には決してつかないように、目標を達成しても、達成感を得ることはできません。根本に目を向けなければならないのです。

「これに対し本来の自己価値感とは、無条件性のものです。自分の能力や容貌が劣っていようと、未熟だろうと、現在のあるがままの自分が受け入れられ、歓迎されているという実感です。ですから、「いま、ここ」の自分に幸福があるのです。」

「なぜ自信が持てないのか 自己価値感の心理学 根本橘夫 (PHP新書)」

まさに、「青い鳥」の逸話そのものですが、幸福はそれを求めて探そうとするものではなく、その時々で味わう「実感」にこそあるというわけです。それを理解しなければ、「あそこまでいけば」という無為な努力を繰り返すことになります。これは、登山を楽しむ人、そうでない人に例えることができます。

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本当の自信がある人(自己価値感)は、登山の過程そのものを楽しむことができます。山に登る過程で見る景色、小動物たち、すれ違う人たち、一緒に上る仲間、そのすべてが心地よく、その瞬間、瞬間を幸福な時として「実感」できます。しかし、本当の自信に欠けている人(自己無価値感)は、3合目、5合目、7合目、と、あの目標まで行ければ、幸せになると考えます。しかし、登ればのぼるほど、幸せな感覚は遠ざかるように思えます。スピードをあげて、目標に到達した時の徒労感といったらたまりません。

ではどうすれば、「いま、ここ」を味わうことができるでしょうか?「愛のコーヒーカップ理論」で知られる中野氏の提唱する「フィールグッド(心地よさ)」を求めるトレーニングをご紹介します。

毎日の生活にフィールグッドを求める

これは、「愛のコーヒーカップ理論」を提唱する中野氏の方法です。シンプルですが、自分の感覚を大切にしていくための方法として素敵なものだと思います。やり方は簡単です。

1:自分がハッピー・フィールグッドだと思える瞬間を10個書き出しリストにします
2:それを毎日1個ずつやってみます

これだけです(笑)。

毎日、自分の「幸福な実感」を味わうことです。自信が無い人は、「~~を達成したら」自信が持てるという誤った方法論を身に着けているため、心地よいことを自分のために行うことに罪悪感を感じがちです。そもそも、何がフィールグッドなのかということが分からないことも多いと思います。まずは、自分の「感覚」を鋭敏にしていくことが必要です。

以下は、中野氏のあげている10のリストの例です。

1.「まる一日、自分に、フリーな時間をプレゼントする」
2.「おいしいものを食べる」
3.「好きなだけミステリーを読む」
4.「時間を気にせず韓流のドラマを見る」
5.「好きな音楽を聴く」
6.「草花を飾る・土に親しむ」
7.「お菓子を作る・お菓子を食べる」
8.「小旅行をする」
9.「ショッピングで新しいファッションを先取りする」
10.「マッサージ・エステでリラックスする」

上から順番に1日ずつ実践していくのです。もちろん、それができない日があるかもしれません。そんな時は「もどき」メニューを用意しておくのだそうです。大切なのは、心地よい(フィールグッド)を決して逃さず実践すること。

【もどきメニューの例】 「買い物に行く」→「通勤時間に通販の雑誌を見て、次の買い物計画を立てる」 「コンサートに行く」→「家でゆったり音楽三昧」 「レストランで食事をする」→「食事に行くレストランを選んで予約を入れる」 「森林浴」→「家の中で自然のサウンドのCDを流す」

自己無価値感の人生を送ってきた人であれば、自分の必要が何層にも覆われているかもしれません。小さな心地よさをまずは、書き出すことが必要かもしれません。しかし、まず、この小さなことから初めてみましょう。「自分の感覚」を信じられるようになった時に、人は、「自分自身」という土台を確認するようになります。

まとめ

これまで必死に自分を打ちたたいて前に進んできた人にとっては、これが、自分に自信をつける正しい方法だと思えないかもしれません。しかし、何かを達成したからではなく、ただ、ここに生きているだけで幸せを実感できること。これは、欠けている「基底的自己無価値感」を修復する大切な作業でもあるのです。

前述の根本氏もこう述べています。

「身体の感覚や感情こそ、自分そのものの出発点です。身体の自然な欲求に従ってみましょう。気分が重く、どうしても仕事がはかどらないときは、思い切って休みをとって遊びに出よう。  マスローも、「自分は何を喜びとしているかを見る能力を取り戻すことが、大人にとっても踏みにじられている自己を再発見する最善の方法である」と述べています(前掲書)。

こうした自分になろうとする努力をしていると、自分の殻が取れる感じがします。肩の力が抜ける感じがします。自分の感性が回復しつつあることを感じます。素直な感情を取り戻しつつあることを感じます。自分自身をたしかに生きている、という実感が得られます。」

「なぜ自信が持てないのか 自己価値感の心理学 根本橘夫 (PHP新書)」

まずは3週間、自分にとってのフィールグッドを毎日実践してみましょう。話はそれからです(笑)

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