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ココロシホン

ココロの健康は資本です。プチ心理学ライターの独り言です。

自分に「自信が無い」原因は「自己無価値感」にあり。

心理学

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「自信が無い」という人は多いものですが、その原因をさかのぼって探そうとすることはまずありません。そのため、実は解決にならない無駄な努力を重ねてしまうことが多いものです。原因が分からなければ対処法もありません。そこで、自信の無さの背景に横たわる「自己無価値感」について、ここでは考えてみたいと思います。

自信の無い原因である「自己無価値感」

自分に自信が無いという感覚のことを「自己無価値感」と呼びます。この言葉は、木村隆介氏の『悪魔への挑戦状―真の人間の価値とは何か―』(郁朋社、二〇〇〇年)によるものだそうですが、現在は絶版で手に入りません。


悪魔(サタン)への挑戦状―真の人間の価値とは何か

私は、根本橘夫氏の「なぜ自信が持てないのか 自己価値感の心理学 (PHP新書)」で、この言葉と定義を知り、「自信が無い」という言葉の根っこを知ることができたように感じました。

幼少期に身に着く「基底的自己無価値感」

劣等感の心理学と言われるアドラーは、神経症や心の問題の多くを、幼少期の体験と結びつけましたが、この考え方は、そこに源流があるように思えます。神経症の症例集では、多くの問題行動の背景に幼少期の劣等感を抱かせる状況が存在しています。
(参考:症例集: ケース・ヒストリーズ(神経症の心理学) Kindle版 アルフレッド・アドラー (著) - ただの読書ログ)。これは、実際に生じたか否かは関係なく、本人が自覚した経験です。アドラーの場合は、自分は身体障害を抱えており、兄は自由に走り回ることができ、そこで生じた劣等感が彼の心理学へのキャリアを進ませる原動力となりました。

人が、自己価値観人間(自信のある人)になるか、自己無価値感人間(自信の無い人)になるかは、幼少期に「基底的自己無価値感」を身に着けてしまうことに原因を求めることができるようです。簡単に言えば「根っこから自信が無い」状態ということです。

「 アドラーは、子どもの基礎的な心は五歳までに決定されてしまうと述べており、交流分析の創始者であるバーンは、八歳頃までに固まってしまうといっています。こうしたことから、基底的自己無価値感は、児童期初期にはほぼ確定してしまうと考えられます。 」「なぜ自信が持てないのか 自己価値感の心理学 根本橘夫 (PHP新書)」

とりわけ幼い時、赤ちゃん時代は特に、自分の身を自分で守ることができないため、親や周囲の環境にに全く依存しています。この時期に、3つの必要が満たされないと、自己価値感(自信がある状態)が育ちにくいと言われています。

自己価値感(自信の獲得)に関わる3つの必要

「第一は、自分が安全に守られているという感覚が与えられること。  第二は、自分と外界とがフィットしているという感覚、すなわち、適合感を持てること。  第三は、自分がこの世で歓迎されているという実感を持てること。 」「なぜ自信が持てないのか 自己価値感の心理学 根本橘夫 (PHP新書)」

外の世界が安全だと理解できなければ、子供は外の世界を恐れに満ちたものと考えるようになります。無条件に親から愛情を感じ取れなければ、子供は、「~~~しなければ」愛は得られないと思い込むようになります。自分の存在そのものが受け入れられているという実感・確信が無ければ、真の意味での自己価値感 は育ちにくいのです。

親から虐待されたわけではないとしても、子供が自己無価値感を体得してしまうことは少なくないようです。例えば、親が忙しすぎる家庭の場合、子供は、自分よりも大切なことに親の注意が向けられていることを体感します。「~~しなければ」親に褒められないということを知った子供は、「ただそのまま」存在しているだけでは、自分には価値が無いのだということを学ぶようになります。

この3つの必要を失った子供は、大きくなってからも「絶対的に」認められているという感覚を持ちにくくなります。そして、意識しているとしても、そうでないとしても、「自己無価値感」を克服(穴のあいたバケツに水を貯めようというような徒労)しようとする人生を歩み始めることになります。

自己無価値感(自信の無さ)が人生に及ぼす影響

「自信が無い」と言いつつ、ビジネスの分野で駆り立てられるように成果を求めたり、出世したりする人がいます。また、学業が「超」優秀な人の中にも、強烈な自己無価値感と闘っている人がいます。いわゆるアドラーの言う「昇華」です。しかし、それは、人を真に満ちたらせるものでは無いでしょう。前述のたとえのように、穴のあいたバケツに水を貯めようとする努力にも等しいものだからです。

自己無価値感は、人生の中で日々、葛藤を生み出すことになります。

・優柔不断(自分が良いと思うことを信じられない)
・悲観的(外界は恐れを生み出す場所になっている)
・簡単に傷ついてしまう(拒絶・反対に弱い)
・いつかボロが出てしまうことを恐れる
・「するべき」「しなければ」に支配されている
・「本当の人生」を生きている気がしない

ありのままの自分に自信が無いため、他の人からの称賛や社会的に見て、自分が自信を持てるというポジションを探すため、涙ぐましいほどの努力を傾けるのですが、それでも、絶対的な自信を獲得することはできません。例えば、仕事や勉強で成功したとしても、それは、人生の一面の成功にすぎず、自分自身への絶対的な信頼ではないということを、自己無価値感人間は非常にはっきりと自覚しています。だからこそ、成功の絶頂にあるときにも、「いつかはボロが出る」「いつかは失敗する」という全くネガティブな感情にとらわれています。その感情を追いやるべく、さらに成果を求めて、過大な目標に取り組んだりするわけですが、心が満たされることはありえないでしょう。

多くのビジネス書・成功本で、自分自身の成功を誇り、さらに、上へ上へと自分を駆り立てている上昇志向の著者の背景には強烈な自己無価値感があるかもしれません。これは表面に見える、自信や尊大な態度とは対極にあるものです。上昇するか、転落するか、のきわどい人生を送る人は、どこかで「燃え尽き」てしまうかもしれません。

kokoro-shihon.hatenadiary.jp

まとめ

「自信が無い」原因を探るひとつの理論として「自己価値感」「自己無価値感」を取り上げました。すべての性格の背景を幼少期に求めるのは時に不愉快なことですが、「自信が無い」原因をある程度、あぶりだしておかなければ、一生涯にわたって無為な努力を積み重ねる可能性があります。(無為な努力ではありませんが、本人の心が満たされないという意味で)。

自己無価値感人間が自己価値感を再学習することは可能です。

「人生の目的は、無価値感を埋めることではなく、幸福であることです。大事なことは、自己無価値感を代償しようと努力するのではなく、幸福であるための努力をすることです。  無能力と思われたくない。批難されたくない。人から評価されたい。ほめられたい。注目されたい。箔をつけたい。有名になりたい。それによって自信を持ちたい。  いずれも無価値感を埋めようとする欲求です。このような目標への努力で人生を送ってしまったとしたら、結局は自分の人生を生きなかったことになります。  そうではなく、幸福への努力をすることです。  幸福とは到達点ではありません。幸福とは、満たされた環境のことでもありません。幸福とは生活のプロセスであり、生活のあり方にともなう心地良い感情のことです。」「なぜ自信が持てないのか 自己価値感の心理学 根本橘夫 (PHP新書)」

派手なことではありませんが、毎日、毎日、自分の感情が満たされる時間を大切にすることで、他者から見て成功しているか否かではなく、自分自身で成功しているという実感を持つことができるようになります。自己無価値感は、「自信が無い」という、根深い人格のボトルネックになっていることが多いものですが、まずは、その存在に気づくことが、すべてのスタートになるのではないでしょうか?

もしかして「燃え尽き症候群」?19の症状のチェックリストが当てはまりすぎた!

燃え尽き

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いったいどうしたんだろう・・という不調が生じていました。まさか、自分が「燃え尽き症候群」だとは思っても見ず。もちろん、精神科に行ったり、医師の診断を受けたわけではなく、自己診断ですが、今の自分の状況がかなり正確に分かりました。まだまだ、脱出するところまでは行っていませんが、少し肩の力抜けてきました。

今の自分の状況を整理するためのエントリーです。

燃えつき症候群?症状19の「チェックリスト」*

燃えつきにはサイン(症状)があります。まるで機械が壊れる前に小さな異音を出すように、この小さなシグナル(警告音)に気づけるかどうかが大切です。私も自分の症状に照らし合わせて、いくつか頷けるものがありました。以下、参考書籍から一部引用させていただきます。

1:少し休みをとっても体の不調が改善しない
2:疲れているのに眠れない
3:体重が急に増えた、あるいは急に減った
4:必死でやっているのに、ちっとも成果が上がらない気がする
5:大丈夫か?と聞かれるとムカッとする
6:無口になってふさぎこんだり、ボーっとしてしまう
7:これでよかったのかと、しじゅう落ち込んでいる
8:仕事への意欲がわかず、できれば動きたくない
9:急いでしなければならないことも、ずるずる先延ばしにしている
10:何を言われても自分が責められていると感じ、被害的になってしまう
11:周囲の鈍感さや、のんきさに対して無性に腹が立つ
12:ついイライラして、攻撃的になってしまう
13:自分だけが周囲から切り離されたような感じがする
14:人と関わるのが面倒、あるいは苦痛に感じる
15:大きな音や声にビクッとする
16:思考がまとまらず、物忘れもひどくなっている
17:怒りが爆発して周囲と対立することが多くなっている
18:先のことが考えられず、物事の優先順位がつけられない
19:飲酒量が増加している

(「もえつき」の処方箋―本当は助けてほしいあなたへ 単行本 – 2001/7 水沢 都加佐 (著), Be!編集部 (著) P24)

私の場合、特に感じるようになったのは下記の症状でした。

1:少し休みをとっても体の不調が改善しない

いつでも疲労しているという状態が続きました。朝起きた瞬間から疲労感が強く表れてきました。朝に憂鬱な気持ちに襲われるのがうつ病の兆候であることは知っていましたので、あまりよくないなと思い、早く寝るようにしたり、色々工夫を凝らすのですが、どうしても体調が回復しないという状況でした。

2:疲れているのに眠れない

寝つきは悪くないのですが、決まって2時間~3時間で中途覚醒してしまいます。そしてなかなか寝付けません。二度寝のような状態が、一晩中続き、絶えず悪夢を見ているような感じでした。将来のこととか、最近頭を悩ませている仕事事案を考えて、どうしても眠れなくて、2時台に起きて仕事をしたりしていました。

4:必死でやっているのに、ちっとも成果が上がらない気がする

いつもの倍以上、実のところ3倍以上の仕事量をあえて行っていました。どうもやる気が起きず、自分はなまけているという気持ちにとりつかれて、大きな目標を掲げてむち打ち続けました。目標を達成しても心が満たされず、むしろ、脱力感に襲われました。いつまでこんなスピードで走るんだろう?と自問しはじめ、苦しくなりました。

下記の文章を読んで、まるで、今の自分の状態だ、と気づかされました。

「挽回をはからなければという強迫感に駆られて、さらに多くの時間とエネルギーを仕事に注ぎ込んだり、わざわざ困難な課題に挑戦したり、実現不可能なほど大きな目標を掲げて存在をアピールしようとしたりします。こんな無理を重ねるうちに、課題が達成できない挫折感が積み重なり、心と体はさらに疲弊し、自己否定やむなしさや怒りが募ります。その現実を認めたくないために、もっともっと自分を鞭打って傷つけてしまうという悪循環にはまる場合があるのです。」

(「もえつき」の処方箋―本当は助けてほしいあなたへ 単行本 – 2001/7 水沢 都加佐 (著), Be!編集部 (著) P30-31)

このころ、駆り立てられるようにして読んでいたのは、時間術や、もっともっと生産的に仕事を行う方法の本でした。もっとスピードを上げないといけないと感じていました。

6:無口になってふさぎこんだり、ボーっとしてしまう

7:これでよかったのかと、しじゅう落ち込んでいる
おかしいな、と思うころから、考え事をすることが多くなり、さすがに妻も心配するようになりました。ふと、目をやると、ずっとソファで考え事をする夫がいるのです(困りますね)。本格的におかしいと思い始めたのは、大好きな読書すら面倒で本を読むこともなく、ただ座って考えているという状態に陥ったことです。

11:周囲の鈍感さや、のんきさに対して無性に腹が立つ

12:ついイライラして、攻撃的になってしまう
今まで仲良くやっていた同僚、非常に支えてくれた友に対しても、やり場のない怒りを覚えるような気持になりました。なぜ自分ばかりがこんなに働いているのか?ほかの人はなまけているのではないか?という気持ちがムクムクとわいてきました。この種の感情は味わったことがなかったため、自分でも戸惑いました。

14:人と関わるのが面倒、あるいは苦痛に感じる

もともと内向的なので、人と話したりするのが億劫ですが、その傾向に拍車がかかりました。

19:飲酒量が増加している

飲酒は週に2回に決めていました。しかし、気づくと毎晩飲んでいるようになりました。せめて、飲んで酔えば、と思うのですが、なかなか酔えないということが繰り返されました。お酒に依存したくないという気持ちは非常に強いので、なんとか酒量を減らそうと努力しましたが、ストレス解消のようにして飲んでいることに気づきました。


今、考えると、完全に燃えつきロードにいたようです。なかなか、その最中では、自分の状況を客観的に見ることができませんでした。ただ、心理学の知識がある程度あったことと、もしかして、これは「燃え尽き」の症状かもしれない?と自分で直感したことが助けになりました。そして、実際に燃え尽きの症状をチェックし、今の自分を知ることが立ち直る(立ち止まる)きっかけになりました。壊れる前に気づけて良かった。

まずは燃え尽き症候群かも?黄信号に気づくこと*

燃え尽き症候群から、うつ病に移行するまでは、あと一歩です。大事なのは、自分の今の状況、ありのままを認めることです。あ、そうか、「燃え尽きそうだった」と気づけることで、火が弱まります。

「自分を否定したり、責めたりする必要はありません。「どこかに無理があったのだ」と認めればよいのです。いったん立ち止まって十分休みをとることです。それから改めて考えてみましょう。なぜ、そんなに無理をしてまで頑張ってしまったのか・・・。認めずに挽回をはかろうとがむしゃらになると、どんどん自分を破壊してしまいます。回復にかかる時間も長くなります。早く認めれば、失うものはそれだけ少なくてすむのです。」

(「もえつき」の処方箋―本当は助けてほしいあなたへ 単行本 – 2001/7 水沢 都加佐 (著), Be!編集部 (著) P32)

この状況を認め、家族にも話し、積極的に休養をとるようにしました。休養をとること自体もかなりの罪悪感を伴うものでしたが、徐々にスピードを落とせるようになってきました。まだまだ始まったばかりですが、自分のコントロール力を身につけないと、このままのペースでは進めないということを、ようやく悟りました。

ずいぶん、力をつけて成長したなと自分で思っていた矢先のことでしたが、再び謙虚にさせられます。自分は、何一つ分かっていなかったなぁ・・・という感じです(まあ、これも消極的ですが)。これを進歩の階段に代えたいです。

燃え尽き症候群の根源にあるもの!「共依存」とは?

自分の症状を調べていて、そして、燃え尽きの本を読んでいて、目に留まったのが「共依存」という言葉です。今までも、よく聞く言葉で、アルコール依存症の家族や、DVに悩む妻などに「共依存」という言葉を軽く使っていた自分がいました。しかし、今、自分の「燃え尽き」の原因は「共依存」という精神状態なのではないかと、はたと、気が付きました。今後、「共依存」についての勉強をしてみようと思っています。図書館にいくつか参考資料を見つけたので、早速時間をとって、行ってこようとと思っています。

おすすめ

この本を読んで救われました。危ないところでした。
yoshinorihara.hateblo.jp

友達からの相談が負担になってくる!そんなの当たり前、「巻き込まれ事故」に気を付けて

対人関係

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自分のメンタルはどれだけ強いのか

私は大学で臨床心理学を学んでいたのですが、当時のゼミの先生や、実際に臨床にあたっている先生たちを見ていて、実はキワドイものを感じました。患者に寄り添い、感情移入する先生ほど、傷つきやすい心を持っています。もちろんだからこそ、この道を選んだのだと思います。しかしある一定のラインを越えると、治療にあたる先生たちの心も壊れるのではないかという不安を感じました。それは、将来、自分がこの道を選んだ際に、同じように自分の心が壊れるのではないかという不安でもありました。

現在、私は心理学畑にいないわけですが、それはある意味で大変ラッキーなことでした。メンタルの弱さは幼少時から折り紙付きですし、それゆえに、心理学に関心が強いのですから、現実的に人助けまで行けるわけがありませんでした。まあ、それが分かったのも、ここ数年です。この年齢になり、多くの方の相談を受けるにつれ、そのことがようやく分かってきました。職業的に相談を受ける(カウンセリング)は私には無理だったと。

相談者にコントロールされる

精神科医の熊木氏の「徹底相談」シリーズの第弐弾には興味深い実例が登場します。相談者は、夫からのDV被害に悩む友人を持つ女性です。

被害にあっている女性は、相談者の女性に、DV最中(暴力を受けている)に助けを求める電話をかけてくるわけです。これは、非常に不安にさせられます。相談者は110番するべきなのか、救急車を呼ぶべきなのかパニックに陥りますが、いつの間にか夫婦喧嘩は治まります。こういうことが度々起こるのです。

相談者の女性が参ってしまい、どうしたらよいかを熊木氏に相談するわけですが、熊木氏の洞察が見事でした。DV被害者の女性は、警察に助けを求めることもできるのに「あえて」相談者の女性に電話をかけてくる。ここに注目していきます。加害者夫と被害者女性は「共依存」の関係にあることに相談者は注目しています。しかし、被害者女性と相談者もやはり「共依存」の関係性に陥りつつあります。これは、被害者女性が、相談者を意図的かそうでないかに関わらず「巻き込もう」としているからです。これは象徴的な一つの事例ではありますが、精神科の相談ではこうしたことも、よく起こりうることなのだそうです。

熊木氏のアドバイスが響きます。

「ひとつヒントを差し上げます。 一部の奇特な精神科医を除き、ほとんどの精神科医は患者さんとの“ホットライン”を設けていません。それはごく少数の“非常に手のかかる”患者さんに打ち沈められぬための大切な処世術です。これは決して不誠実なことではありません。他の大多数の患者さんを放り出してしまうことの方が、よほど不誠実です。人を救うために、身を挺してはいけません。 自分を救えない人は、人を救えません。」

自分が背負う必要があるのか?を見極めて

友達からの相談を多く受けるにつれて、心がすり減っていくのを感じます。特に私はメンタルが強くないことを自覚しています。考えてみなければならない点は、「その問題は、私が負うことができるのか」ということです。特に「最後まで責任を持つことができるのかどうか」を自問するだけで、どこまで聞いたら良いか、関わるべきかを判断できます。実際には、自分と自分の家族以外のことを、とことんまで負うことなどできません。

職業的相談者(カウンセラー)もいるわけですから、そこは割り切らなくてはなりません。自分にはこれ以上無理。それを認めるのも大切なことです。そのライン無く、友人の相談にとことん付き合うのは危険だと感じています。

「あなたにしか言えない」
「あなただけが聞いてくれる」

こんな言葉で「縛られる」と、だんだん身動きできなくなってきてしまいます。やがて、自分自身が問題の「当事者」になってしまっていることに気づきます。そうなってからでは遅いのです。友人を救うためにも、あなたが、巻き込まれてしまうわけには行きません。

考えさせられる言葉です。

体も資本だけど、心も資本ですよね。

これまでカラダシホンというサイトをせっせと作成していましたが、その中で、ひしひしと感じていること。それは、体と心はつながっているということ。どんな健康法を学び実践しても、心を無視しては何も成し遂げない。そんな感じがしています。

amazonkindle読み放題プランで読書をする中で、どうしても読む分野は心の健康にかかわるものが多くなり、カラダシホンの記事としてはちょっと適さないかも?という感じでしたので、別ブログを立ち上げています。主に読んだ内容を消化し、昇華させていくための読書ノートの役割になりますが、定期更新しますので、よろしければご覧ください。

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