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ココロシホン

ココロの健康は資本です。プチ心理学ライターの独り言です。

今さらだけど、臨床心理士を諦め「道楽心理士」になろう、という話。

道楽心理学 心理学

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あの選択から、もう15年が経ちましたが・・

私は臨床心理士を目指し大学に通っていましたが挫折しました。大学では、ほとんど図書室にこもって心理学・精神医学の本を読みふけっていました。ゼミの先生にも恵まれ楽しく心理学を学びましたが、その一方で、心理学を「仕事」とすることに対する、得体のしれない恐れを感じていました。(まあ、今になって分かりますが、その感覚は「まとも」でした。)結局のところ、決意をもって中退し、心理学の世界から身を引きました。

若さゆえの暴走のようにも感じるのですが、同時に、あの時期にあの決断ができた自分を誇らしく思うこともあります。

臨床心理士をあきらめたことを後悔しているか

時折、臨床心理士をあきらめたことを後悔しているのか、自問自答します。心理学に未練が無いわけではありませんが、臨床の場で心理学を活かし、それを生業にすることは、私にはできなかったと自覚しています。最近、臨床心理士を自主退会したカウンセラーのブログを見つけて読んでいました。

参考:うつ-自分にうそがつけない人たち 幸朋カウンセリングルームより

もし、私が臨床心理士の道を選んだとしても、遅かれ早かれ、こうなったかも、という感覚がジわっと広がってきました。私は、ずいぶん早く見切りをつけてきてしまったのですが、コメント欄を見ていくと、心理学の道を外れずに歩んできた人の中にも同様の感覚を持ち続けている人が少なからずいることに気づきます。

どうせ見切りをつけるなら、早い方が良かった、それが、今の偽らざる感情です。(自分のメンタルの弱さと、心の闇の奥深さもだんだん理解してきましたけど、人を助けるほどに自分の心が強くないというのも分かってきましたし・・)結局のところ「職業」として、心理学を扱うには、私は心がピュアすぎます(自分で言うか?)。エンデも述べる通り、結局、諸悪の根源は「お金」なのだと私は思うんですけどね。


エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと (講談社+α文庫)

だって私は、「道楽」として心理学を学ぶことは辞められないのですから。

なので「道楽心理士」という道を選ぶ

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そこで「道楽心理学」という新たな学問を自ら打ち立て「道楽心理士」(自称)になってしまうことにしました。なんじゃそりゃ、というツッコミ待ちです。

本を読み始めるとどうしても心理学に戻ってしまいます。ユングの内向型、外向型で言えば、完全に「内向型」で、エネルギーはすべて内側に向っています。人の心(他人っていうより自分かな)に無限の興味があり、一日中引きこもって考えていても退屈しません。そこにこそ、情熱を傾けられるだけの興味があります。(エネルギーの行先が、あまり「生産的」ではないのは残念ですが・・。)

お金を稼がなくても、人を助けられなくてもいいのです。とにかく「道楽」として心理学を楽しむことです。そう割り切ると、ふと心が楽になりました。職業としての心理士やカウンセラーに、いまだに少しコンプレックスがあったのかも。そこで、自分なりに「道楽心理士」としての「十戒」を作ってみました。

「道楽心理学」の「十戒」

1:心理学でお金を稼がない
2:心理学で誰かを助けない
3:心理学に限界のあることを認める
4:どの流派にも属さない
5:学んだことを常にアウトプットする
6:考えるより「行動」する
7:自分に役立つ新たな理論を絶えず打ち立てる
8:常に自分にとっての「壁」にチャレンジする 
9:心理学以外に「軸」を持つ
10:自分のメンタルが弱いことを隠さない

ものすごい適当です。今、考えました。この「十戒」はおそらく、定期的に書き直しが必要そうです。ただ、これからもセルフヘルプのために心理学を学び、思考の燃料として、心理学を活用していきたいと思います。この意思表明のためにブログに記事を書いてみました。

まとめ

心理学の世界にとても強く惹かれながらも、恐ろしさも感じていました。今から15年前のことです。今でもそういう感じはあります。開けてはいけない扉のような気もしつつ、いつも、このドアの前をうろうろ、行ったり来たり、繰り返しています。これからも「道楽」として、お気軽に心理学に触れ続けていきたいと思っています。

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